お通夜やお葬式の会場に着いて、いざ手を合わせるとき。ふと、不安がよぎります。
「数珠は、右手だったか、左手だったか」 「房は、上か、下か」 「焼香のあいだ、数珠はどう持っていればいいのだろう」
参列の場は、ただでさえ気持ちが張りつめています。そんなときに作法で迷うのは、つらいものです。けれども、ご安心ください。数珠の持ち方は、基本の一つだけ覚えておけば、どんな場でもまず困りません。そのうえで、宗派ごとの正式な持ち方や、焼香のときの所作まで知っておけば、もう迷うことはなくなります。
この記事では、高野山真言宗の庵である金光明庵が、数珠の正しい持ち方を、略式から宗派別まで、ていねいにご案内します。なお、数珠そのものの意味や玉の名前、選び方については、別記事「数珠とは|意味・歴史・選び方・使い方」(/sahou-manner/juzu/)でくわしく解説していますので、あわせてお読みください。
まず大原則。数珠は「左手」で、房は「下」
宗派ごとの細かな違いに入る前に、すべての土台になる大原則をお伝えします。これさえ頭に入れておけば、迷ったときの拠りどころになります。
数珠は、左手で持つのが基本です。なぜ左手なのでしょうか。仏教では、右手は私たちの生きるこの世(現世)を、左手は仏さまの世界を表すと考えられてきました。けがれた現世の右手に対し、清らかな仏の世界の左手。その左手に数珠をかけることで、仏さまが私たちの煩悩を清めてくださる、と言われています。持ち歩くときも、ふだんは左手。これが大原則です。
そして、合掌するときも、片手で持つときも、房(ふさ)は下に垂らすのが基本です。
この「左手」「房は下」の二つさえ覚えておけば、たとえ宗派の作法がわからなくても、失礼になることはまずありません。まずはここを、しっかり押さえてください。
なお、数珠は「持ち主の分身」とされる大切な仏具ですので、人との貸し借りはしないのが作法です。この理由については、先ほどの「数珠とは」の記事でくわしくお話ししています。
略式数珠(片手念珠)の持ち方。これさえ覚えれば安心
いま最も広く使われているのが、玉の数を簡略にした略式数珠(片手念珠)です。宗派を問わず使えるので、自分の宗派がわからない方や、いろいろな宗派の葬儀に参列する方には、これがいちばん安心です。持ち方も、とても簡単です。
持ち歩くときや、まだ手を合わせないときは、左手に輪を通し、房を下に垂らして持ちます。房がねじれないように、自然に垂らすのがきれいです。
合掌するときは、次のどちらでも正解です。
一つは、左手に輪を通したまま、右手をそっと合わせる方法。もう一つは、合わせた両手に、いっしょに輪をかける方法です。いずれの場合も、房は手前の真下に垂らします。
たったこれだけです。略式数珠の持ち方は、難しく考える必要はまったくありません。どの宗派の場でも、この持ち方で失礼になることはないと覚えておいてください。
一重・二重・三重。場面で変わる、正式な扱い方
ここで、本式の念珠を使う方にぜひ知っておいていただきたい、美しい決まりをご紹介します。それは、場面によって、念珠を何重に巻くかが変わるということです。仏教では、この「ひと巻き」を「匝(そう)」という言葉で数えます。
腕にかけるときは、一重。これを「一匝(いっそう)」といいます。手首にそっと通して携える、いちばん軽い形です。
手に持って歩くときは、二重。これを「二匝(にそう)」といいます。長い本式念珠を二重にして左手に持ち、房を押さえます。移動のときの基本の形です。
置くときは、三重。これを「三匝(さんそう)」といい、これが念珠を置くときの正式な形です。三重にして、浄明玉のついた親玉を上にし、ご本尊の方へ向けて置くのが習わしとされています。
腕には一重(一匝)、持ち歩きは二重(二匝)、置くときは三重(三匝)。一・二・三と、場面が改まるほど巻きが増えていくと覚えると、忘れません。一本の念珠が、その場その場にふさわしい姿に変わる。ここにも、ものを大切に扱う日本の心が息づいています。
宗派別の正しい持ち方(本式数珠)
ここからは、本式数珠を使う場合の、宗派ごとの正しい持ち方です。本式数珠は宗派によって形が違うため、合掌のときの持ち方や房の向きにも、それぞれの作法があります。ご自身やご家庭の宗派のところを、確認してみてください。
なお、同じ宗派でも、お寺や地域、流派によって細かな違いがあることがあります。迷ったときは、菩提寺やお近くのお寺にたずねるのが確実です。
真言宗(金光明庵の宗派)
金光明庵は、高野山真言宗の庵です。真言宗の振分念珠を合掌に用いるときは、左右の手で、かける指が変わります。
まず念珠を二重にし、浄明玉のついた親玉のある側の輪を、左手の人差し指にかけます。そして、もう一方の輪を、右手の中指にかけます。念珠を軽く一ひねりして、そのまま静かに両手を合わせて合掌します。このとき、房は両手の外側(手の甲のほう)へ垂らします。
なお、自分自身のための行をするときには、房を手のひらの内側に入れて、包むようにして合掌する作法もあります。人のために祈るときは房を外へ、自分の行のときは房を内へ。ここにも、真言密教らしい心づかいが息づいています。
一つ、大切な注意があります。真言宗は流派が多く、持ち方にも違いがあるのです。左手の人差し指にかけるのは、高野山真言宗の作法です。一方、醍醐派など京都に本山を置く真言宗では、左手も中指にかける(両手の中指にかける)作法が伝わっています。金光明庵は高野山真言宗ですので、この記事では高野山の作法をご案内しています。ご自身の流派やお師匠の教えがある場合は、どうぞそれに従ってください。
そして真言宗には、読経のはじめと終わりに念珠を摺(す)り鳴らす作法があります。右手を上にして、奥へ、手前へ、また奥へと三回。この所作には「相手・自分・相手」という、人を思う深い意味が込められています。摺り方の意味については、「数珠とは」の記事の後半でくわしくお話ししています。
浄土宗
浄土宗の数珠は、二つの輪を組み合わせた、独特の形(日課数珠)をしています。合掌するときは、合わせた両手の親指に輪をかけ、房は手前の下に垂らします。念仏の数を数えやすいよう工夫された、浄土宗ならではの形です。
浄土真宗
浄土真宗では、煩悩をかかえたそのままの姿で救われると教えるため、数を数えません。そのため、数取りができないよう、房が「蓮如結び(れんにょむすび)」という形に結ばれているのが特徴です。
浄土真宗には本願寺派(お西)と大谷派(お東)があり、合掌のときの房の向きが少し異なります。
本願寺派(お西)は、二重に巻いて、合掌した両手に輪をかけ、房は両手の下へ垂らして合掌します。
大谷派(お東)は、二重に巻いて、房を上にして合掌した両手にかけ、房は左手の側へ垂らして合掌します。
どちらの場合も、玉を繰って音を立てることはしません。仏前での敬いの心を表すものとして、静かに手に掛けます。
日蓮宗
日蓮宗の数珠は、房が多く、独特の形をしています。合掌するときは、輪を八の字にねじり、右手側に二本の房、左手側に三本の房が来るように、両手の中指にかけて手を合わせます。房は手の甲のほうへ流します。
天台宗
天台宗の数珠は、そろばんの珠のような平たい玉(平玉)を使うことが多いのが特徴です。合掌するときは、数珠を人差し指と中指のあいだに挟んで手を合わせ、房は下に垂らします。片手で持つときは、二重にして左手の親指と人差し指のあいだにかけ、房が下に来るように持ちます。
曹洞宗
曹洞宗の数珠は、金属の輪(環)が通っているのが特徴です。合掌するときは、二重にして左手の親指と人差し指のあいだにかけ、右手を合わせます。片手で持つときは、房が左側に来るように左手で持ちます。座禅を重んじる宗派で、持ち方はお寺によって異なることもありますので、檀那寺で確認すると安心です。
臨済宗
臨済宗の数珠は、曹洞宗とよく似た形ですが、金属の輪は入っていません。合掌するときは、輪を二重に束ねて左手にかけ、右手を添えるようにして合わせます。なお、座禅のときには数珠は手にしません。
焼香のときの数珠の持ち方
参列の場でいちばん迷いやすいのが、焼香の場面です。焼香は右手で行いますから、「では、そのあいだ数珠はどうするのか」と戸惑う方が多いのです。
答えはシンプルです。数珠は左手にかけたまま、房を下に垂らしておき、右手で焼香をします。焼香のあいだも、数珠を左手から外す必要はありません。左手に数珠をかけたまま右手をのばし、お香をつまんで香炉にくべる。これが基本の形です。
焼香の一連の流れは、おおよそ次のようになります。まずご本尊と故人に向かって合掌し、ご遺族に一礼します。次に、左手に数珠をかけたまま、右手で焼香をします。終えたら改めて両手を合わせて合掌し、もう一度ご遺族に一礼して、静かに席へ戻ります。
焼香の回数や、抹香のくべ方など、焼香そのものの作法は宗派によって異なります。そのくわしい違いは、別記事「焼香は何回?宗派別の違いと作法」(/sahou-manner/shoukou-kaisuu/)でまとめていますので、あわせてご覧ください。
数珠の置き方・しまい方
合掌や焼香のとき以外、数珠をどう扱えばよいかも、知っておくと安心です。
席に着いているあいだは、左手に持つか、ひざの上にそっと置きます。畳や椅子、テーブルなどに直接置いたままにするのは避けましょう。数珠はお守りであり、持ち主の分身ですから、ぞんざいに扱わないのが心くばりです。
席を離れるときは、必ずバッグや数珠袋にしまいます。ポケットに無造作に入れたり、置き忘れたりしないように気をつけましょう。数珠袋に入れて持ち運ぶと、玉や房をいためず、長くきれいに使えます。
本式念珠を仏壇などに置くときは、先ほどお伝えしたとおり、三重(三匝)にして、親玉を上にし、ご本尊の方へ向けて置くのが正式です。
やってはいけない、数珠のNGマナー
最後に、つい、やってしまいがちな注意点をまとめておきます。
数珠を人と貸し借りすることは避けましょう。数珠は一人に一つ、自分だけの分身です。
畳や床に直接置くことも避けます。ひざの上か、左手に持つようにします。
数珠を持ったまま、手をぶらぶらさせたり、振り回したりしないこと。静かに、ていねいに扱う姿が、そのまま祈りの心を表します。
房を引っぱったり、玉を強くこすって遊んだりしないこと。大切な法具として、やさしく扱いましょう。
どれも難しいことではありません。「お守りであり、仏さまとつながる大切な道具」という気持ちさえあれば、自然と所作はていねいになります。
よくある質問
左利きですが、それでも左手で持つのですか。
はい。利き手に関係なく、数珠は左手で持つのが基本です。左手は仏さまの世界を表す手だからです。とはいえ、お通夜やお葬式の場では、誰でも気持ちが動揺するものです。とっさに左右が逆になってしまっても、気にしすぎることはありません。いちばん大切なのは、形よりも、手を合わせる心です。
合掌のとき、房は前ですか、横ですか。
略式数珠や多くの宗派では、房は手前の下に垂らします。ただし真言宗の本式念珠では房を手の甲側へ、浄土真宗の大谷派では房を左側へ、というように宗派ごとの作法があります。迷ったときは、房を下に垂らしておけば、ほとんどの場でととのって見えます。
数珠を持つ手や向きを間違えてしまいました。失礼になりますか。
ご安心ください。作法は大切ですが、それは仏さまへの敬意を形にしたものです。心を込めて手を合わせていれば、多少の作法の違いで失礼にあたることはありません。落ち着いて、もう一度ととのえれば十分です。
本式念珠を持っていますが、宗派の違う葬儀に参列します。
ご自分の宗派の本式念珠を、ご自分の宗派の作法で持って参列して問題ありません。心配な場合は、宗派を問わず使える略式数珠を用意しておくと、どの場でも安心です。
庵主・恒純より。形は、心の入口
作法というと、堅苦しく、面倒なものに感じるかもしれません。けれども、私はこう考えています。形は、心の入口です。
数珠を左手にかけ、房をととのえ、静かに手を合わせる。その一つひとつの所作をていねいに行うと、不思議と、心まで静かにととのっていきます。乱れた手では、心も乱れる。ととのえた手には、ととのった祈りが宿る。形と心は、いつもつながっているのです。
ですから、持ち方を覚えることは、ただのマナーの暗記ではありません。仏さまに、そして大切な故人に、まっすぐ心を向けるための準備なのです。今日おぼえた持ち方が、あなたの祈りを、より深いものにしてくれます。
そして、もし作法を忘れてしまっても、どうか自分を責めないでください。仏さまは、形の正しさより、あなたの心を見ておられます。ととのえようとするその気持ちこそが、もう立派な祈りなのです。
おわりに
数珠の持ち方は、つきつめれば「左手で持ち、房を下に、心を込めて合掌する」。この一行に尽きます。宗派ごとの作法は、そのうえにそっと添えられた、それぞれの祈りのかたちです。
急な参列でも、もう迷うことはありません。あなたの手の中の数珠が、あなたと仏さま、そして大切な人とを、静かに結んでくれます。
数珠そのものの意味や、玉に込められた仏さまの姿について、もっと知りたい方は、ぜひ「数珠とは|意味・歴史・選び方・使い方」(/sahou-manner/juzu/)もお読みください。
金光明庵は、弁財天をご本尊とし、人々の祈りと願いを仏さまへお届けする庵です。数珠や供養のこと、どんな小さなことでも、迷ったときはどうぞお声をおかけください。
合掌
※本記事は一般的な見解を示しているものです。実際には、各宗派や各寺院によってそれぞれ違いがあります。また、口伝といって、お師匠様から直接教わっていることがあり、ここで紹介したものと異なる場合があります。しかしながら、それらのどれも間違っているということではありません。本記事は、学術的な見解を示すものでも、修行者に向けて専門的な情報を提供するものでもありません。あくまで、これから仏事にふれる一般の方が、安心して手を合わせられるよう、わかりやすさを第一にまとめたものです。
コメント